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40歳を目前にして

あと一ヶ月もすれば僕も晴れて40代に突入することになる。四十にして惑わず、と孔子が論語でいっていることは有名だろう。あまりそういうことにこだわったりなびくこともないんだが、まぁたしかに、30代の前半にあったような、誰かに無駄に憧れたり、他人の評価に左右されたり、自分の決断に自信が持てなかったり、誰かのせいにしてみたり、ということはかなり少なくなったのだと思う。

約5年ほど前から管理職についたのも大きな転機だった。管理職と言ったって、多くて30-40人くらいのチーム規模だから、日本の会社で言うところの係長か課長というくらいなもんだが、上司も含めて仕事で関わる人のほとんどが非日本人という環境にしばらくいると、否が応でも対人能力というものが養われてきて、客観的に自分を見つめなきゃいけない機会も多く、他人にあれこれ巻き込まれていては仕事にならないから、細かいことに惑わされないような術が自然と身についたのかもしれない。

そろそろ会社員としてだけ生きていくことにも慣れきってしまい、同時にグローバルな環境での昇進レースに、極東のアジア人としてのガラスの天井みたいなものも感じてみたりして、この仕事一本で残りの人生を進んでいくことにも少し疑問を感じ始めている。ん?これは迷いか、惑わされているのか…?いや、かなり客観的に、あきらめてみた(明らかに、観る)結果だと言いたい。自分の能力と、これまでの実績と、基本在宅である程度の待遇をキープしたいとなると、今の組織内では10年くらいかけてあと二階級昇進できれば御の字。相当運も良く、周りに恵まれれば事業部長(ディレクター)まで届くかもしれない。しかしその頃には自分も50代となっているわけだ。

そうなると、会社員のほかに自分でビジネスを始めてみたい、となってきたのが最近の傾向。年収におけるボーナス(RSU)の比率がどんどん高くなってきたから、もう少しキャッシュの入りを安定させたいとも思う。まだまだ大型の出費はしばらく続くわけだし。そしてなりより、なんとなく、できそうな気がしているわけだ。そこにあまり迷いがない。過信、ということではなくて、これをこうしたらこうなる、というシンプルな摂理と原則に従えば、うまくいくんだろう。それが不惑なんだろう。具体的なアイデアもあるんだがそれはまた別の機会に書こう。